感受性はあなただけの言語です。
感受性を信頼する事から見える世界。
自分しかそう感じていないと思ったとしても、そこには理由があります。

 

【個であることが、藝術の条件だ】

例えば、アーティストという職業は、おそらく誰も作っていなかったであろうという事柄を作品に仕上げていきます。
その時、アーティストとしてはその事柄は自分にしか見えていないイメージであるという認識が重要であったりするでしょう。
もしも、複数の人があちこちで作っていたら、それはもはや芸術とは呼べないものかもしれません。
個であるという事は、そういう事であって、自分の感性を信頼して生きていくという事です。

そのように感性というものは個的な要素も有って、自らの感性をしっかりと受け入れて、それに応答するという事が最も大切なことだと思います。

【感性を拡張すると、世界が見える】

繊細な方々は、日ごろから周囲の方が感じていない状況に囲まれて、自信が無くなって不便な思いをしている事があります。

しかし、その感じるという事から視線を拡張していけば、世の中の仕組みや傾向が現在どのようになっているのかという事まで感性で見極めていくことが出来る事に気が付くかもしれません。そのような視点は、周囲から見れば特異な見方かもしれませんが、自分が感じていることがそうであれば、出来る限り正確な検証を通してより信頼できる結論を導き出すことで、自らの感受性を信頼する為の証左となります。

繊細な感受性は、なにも特別な才能ではありません。世の中の結構な数の人々が過敏性といわれるこの時代に、それを自ら受け入れるかどうかというだけの話かもしれません。

【電気だけは、外から来る】

感じやすい人は、受け取る情報が豊かです。
その豊かさを、環境認識に向けたとき、
繊細で心地良い居心地が生まれる素地が出来ます。

大切にしたい空間の中で、居心地の良い場が作れたとき、
最も死角となる要素は、電気という見方があります。

どんなに空間を良く作っても、内部の空間は整いますが
電気だけは、外部から何のフィルターもなくそのまま
その空間にエネルギーを運んできます。

昼間は良いのに夕方から朝までは何となく重くなる空間。
電気ポットのお湯がなんか尖っている。
電気製品の近くは何となく落ち着かない。
照明が目にきつい。
Wi-Fiやスマホの電波が気になる。
IT機器で肩が凝る。
等々、沢山の家電製品に起因する不安定要素がありますが、
全てと言って良い程、その空間に原因があるわけではなく、
そのように外部から来る要素によってもたらされるという事が解ると思います。
繊細な方はこのように表現するだけですぐに何のことを言っているのかが理解できます。

そのような方は、空間の中の電気の波を感じ取ることができます。
「ここにいると、なぜか落ち着かない」
「あの部屋は、なぜか心地よい」
その感覚の背景には、
電気の波が関係していることが多々あります。

繊細な人は、その波の影響を
ほかの人より鋭く受け取っている可能性があります。

それは過敏というよりも、感性の精度の問題です。
その感覚を手がかりに、空間の中の状況を読み解くことが、
居心地を整える実践の始まりです。

【縁のある方へ、ようやく伝えられること】

感性、居心地、電気というひとつながりの要素。
これらは切っても切れない関係です。
そこに、新たに藝術という要素を加え、
電気と居心地を、創造性を通して藝術的に整えるという道がある事を、ここまで読んで頂いた方に初めてお伝えしたいと思います。
ご理解頂ける方に出来るだけ正しく伝えたいという趣旨が此処に反映されております。

個々人の感性には個性があり、環境もまた千差万別です。
電気についても、様々な要素を考慮する事で、感性に対する響き方が変わります。
十束一絡げに出来合いのもので間に合わせるということと、
それぞれ顔の見える関係を持ち、信頼し合うかたちで藝術作品を創造するというのは、そこには大きな違いがあると思っています。
藝術というのは言語化が少々難易です。
更にそこに藝術と電気を繋げる作品という事になると、ことさらに言語化どころかそれを伝える手段すら非常に限られてしまいます。
そこを繋ぐのはやはり縁というものだと思います。

【概念より体験が優る世界】

言葉では伝えきれない世界について、長く書いてきました。
体験のみが伝えられるような世界について、文脈のみで理解できるかというと、なかなかそうもいきません。
やはり、感じて知るという事でしか伝えることが出来ませんが、ここまで読んで頂けている方の中には、何となく感覚的に理解できる方もいらっしゃると思いますし、その概念を直感で捉えられる方もいるかと思います。
万人向けとは言えませんが、このようなアイデアを具現化しているという事の価値をご理解頂ける、御縁の有る方に伝えられることがこの記事の趣旨となっています。

長文をお付き合い頂きました方に感謝を申し上げます。

 

 

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